自分は自分、他人は他人
つい、ダメな自分と、凄い他人を比べて落ち込んでしまう
そこで、2年前あたりから、携帯のアラームに、
「自分は自分、他人は他人」とメッセージを書いて、
お昼の時間になると、着信音と共にメッセージが流れるようにしている
なんだか、新手の新興宗教のようだ、危ない
お昼ごはんが近づくと、鳴るアラーム
毎日確認するように見る
「自分は自分、他人は他人」
自分のペースで頑張ろう、人は気にしちゃいけないよ、という意味です
このことを始めてから、実は、精神的に、余計悪くなっていった
「ああ、こんなことを確認するほど、自分は余裕がないのだ」
「おれはダメなやつだ」
どんな些細なことでも、毎日繰り返すことによる、サブリミナル効果はすごい
そこで、「自分は他人、他人は自分」と書き換えたら、どうだろう?
かなり意味がわからないw
だんだん、自分なのか他人なのか、自分でわからなくなってきて、
楽しくなったりしないだろうか
そうか、みんな友達だったんだ
到達した地点は、友達
いろんな意味で思考が破綻して、上機嫌になってきた
こりゃ大変だぞ
ちなみに、おれがあいつであいつがおれで、というのは、
山中恒の児童文学で、性転換フィクション作品です
ふとしたはずみで小学生の少年と少女の身体が入れ替わって
しまうところから物語は始まり、ドラマにもなりました
二人の、異性の身体や生活習慣の違いに対するとまどい、
性への目ざめと相互理解に至るまでをユーモアをまじえつつ描いている
朝起きたら、クラスの女子と体が入れ替わってしまった俺
いまごろ、あいつは俺の体に・・・!!
ああ、どうしよう、ち○こ見られちゃう
とりあえず、俺も見ておかないと!!!(違
という、あの物語を思い出して、どうでもよくなってきたりしないだろうか
という文章を書いていたら、すでにどうでもよくなってきました
切ない



